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こんにちは。飯田剛史です。4月から始めた学術賞特集もいよいよ最終号となります。

今回取り上げるのは本田賞です。本田賞は、本田技研工業創立者の本田宗一郎らの寄付金で設立された財団法人本田財団により授与されています。これは、人間活動をとりまく環境全体との調和がはかられた真の技術「エコテクノロジー」の観点から顕著な業績をあげた個人またはグループに表彰されます。ここでいうエコテクノロジーとはEcology(生態学)とTechnology(科学技術)を組み合わせた造語で、人類社会に求められる新たな技術概念として1979年に本田財団が提唱したものです。2007年度に受賞されたのは外科医であるフィリップ・ムレ博士です。

ムレ博士は、手術では患者の負担をできるだけ減らすべきだという医療哲学を持っています。今回は、このムレ博士が研究を行ってきたラパロスコピーという手法をご紹介します。



■ 外科手術の手法の変化

生命を脅かす悪性腫瘍(しゅよう)、別名「がん」は、我々にとって大きな問題となっています。その治療法の1つとして、病気になってしまった部位を摘出する方法があります。例えば内臓にできてしまった腫瘍の摘出手術は、かつては開腹によるものが当然とされていました。この伝統的手術は腹部を大きく切り開くというものです。なぜならば、十分な広さの切り口を作ることで術者が患部を見やすくなり、快適・安全に手術を行なえるようになるためです。

次第に手術の手法は発展し、1980年代の終わりには開腹面積を縮小して手術による患者へのダメージを和らげる方法「小開腹手術(ミニラパロトミー)」が全盛期を迎えました。しかし、実際、小開腹手術においては術者の視野が極端に限られ、体内の奥深くにメスを進めるときは、手術のための空間が狭くなるため困難となります。

つまり、伝統的な開腹手術では、手術を行ないやすいのですが、患者にダメージが大きく、一方、小開腹手術では、患者へのダメージが少ないのですが、体内の奥深くの手術が難しいわけです。

そんな状況の中、両方の手術の利点を両立すべく、当時誰もが考えなかったアプローチで手術を行った人がいます。そう、その人こそムレ博士です。

1987年、ムレ博士は小型カメラを用いた世界初の実用的な手技によって腫瘍のある胆嚢(たんのう)の摘出術を行い成功しました。この手術では、最初、腹部にガスを送気して膨らませることで、視野の確保と手術器具の操作を行なう手術空間を出現させます。さらに、体に複数の小さな切り口を開け、そこから手術用の管や小型カメラを挿入します。

この手術では、手術動作と視野の自由度という点では伝統的手術に匹敵しながら、切開の程度は少なくて済むため、患者への負担が減少したのです。この方法をラパロスコピーと言います。このラパロスコピーは、現代の内視鏡外科手術の急速な普及と技術革新への端緒となりました。


■ ラパロスコピーがもたらしたこと

ラパロスコピーははじめ、なかなか外科界に受け入れられませんでした。それは、ラパロスコピーを用いた手術中、画面上に映る映像を頼りに手術を行なわなければならず、それが術者に大きな負担になったことが一因でした。一人前になるには長期間、完全なトレーニングを受ける必要がありました。しかし、切開を最小限に止めることで、患者の痛みや消耗が少なく、回復に要する日数も大幅に短縮されます。そのため、入院に要する費用の削減、患者の社会復帰の早さなど、社会経済的メリットも得ることができ、欧米に次いで日本を始め全世界で急速に普及が進みました。

また、その後のエレクトロニクスと手術技法の進化により、胃がんや肺がんなど応用範囲が大きく広がり、さらには術者の微妙な操作を助ける最先端ロボット手術の発展にもつながりました。長い期間を経て、ラパロスコピーはその有用性を認知されはじめたのです。


■ ラパロスコピーについて思うこと

ムレ博士の偉大な功績は、人や社会との調和を第一に考えるエコテクノロジーの最良の実例の一つであり、本田賞にふさわしいものでした。私たちの安心した暮らしを支える、技術の進歩。その背後には、ムレ博士が「患者の体への負担をできるだけ軽減させる手術」という哲学を持って、医学界を変えてきたように、携わった人々の強い信念があるのです。